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頭の中は亜空間

やり込み要素を突き詰めるブログ

ゲーマー向けのゲームがもっと出るべきだという持論について書きます。

昔からあったようなコアゲーマーでも楽しめるゲームは今でも出続けていますが、それはオンラインゲームであったり特定のハードでのゲームに限ることだと思います。

 

 

ライトユーザ向けゲーム不要説

思うに、ライトユーザはろくに課金しない傾向にあるので、ライトユーザ向けゲームを作ることは企業にとっては割に合わず、不毛ではないでしょうか。最初は無料で取り込んで後から課金させたり、広告費で稼いだりすることは出来ます(広告、ひたすらウザいですよね!)。スマホゲームはライトユーザー向けゲームとして最適ですよね。手っ取り早く始めることが出来るし、市場では最早無料が当たり前な風潮になっていますし。上記リンクの資料(スマホゲームの動向※1)にある通り、課金しているのは主に若い層、しかもゲームを毎日やる層であることがわかります。つまりライトユーザではない層です。特にゲームアプリ制作企業がもし利益を気にするのなら、彼らコアユーザー向けのゲームを作ったほうが結果的に状況は好転するかもしれません。コアユーザーはそれが面白い、気に入ったとなれば自然と手を伸ばすし、アニメ、映画やサントラに金をかけることを惜しまないと思います(私のように)。

課金をしてもらおうと考えると、こーんな残酷な記事もあります。

 

※1 株式会社三菱総合研究所 社会ICT事業本部のPDF

 

ライトユーザ向けゲーム不要説2

ライトユーザは別にゲームが出なくても困りません。そういう層です。普段ゲームをやらないからこそ、ライトユーザです。それに、今や自分1人でもゲームは作れるのだし、それが厳しくて本当にライトユーザ向けゲームがない!と文句を垂れるくらいなら彼らは自分で起業してゲームを作る体制を作ればいいと思います。今やそのための環境は揃っています。一方で従来のゲームメーカーはやりこみ要素の十分な、特定の層に媚びない名作を出してほしいなと思います。そういうゲームは国内に大して売れないという懸念に対しては、Steamを通して海外に売る戦略がありますし。※2

 

※2 おま国さえなければ日本国内のユーザーも満足できるはず。

 

操作が単純なゲームは飽きやすい

簡単なだけのゲームはすぐに飽きるの法則(今勝手に名付けました)の通りスマホゲームは純粋に操作が単純なだけだからとっつきやすい代わりに飽きるのは速いという印象があります。実際1ヶ月以上持ったスマホゲームは今のところありません。なぜそうなるかというと、複雑な操作がない→すぐマスターしてしまう→覚えることがなくなるということでしょう。後は延々とステージやコンテンツを出してなんとかアプリを延命させる程度で、新しさがないのですぐに飽きてしまいます。これでストーリーか画像か音楽など何か他の1つでも要素がチープなら1日と持たないでしょう。最近やったマリオランは特にそうで、ワンボタンなのは結構ですが従来のマリオのアクション性は皆無でした。マリオといえばアクション、アクションと言えば操作性、なのですが...※3

ここではスマホゲームに絞って書いているように見えますが、それは市販のどのゲームにも当てはまることです。

 

※3 マリオ64などRTAやスーパー人生プレイをやるほど箱庭ゲームをやり込んでいるプレイヤーなら尚更です。

 

ライトユーザを取り込もうとして微妙な作品に仕上がったと思う例

話は変わってスマホゲームではないですが、NDSスーパープリンセスピーチがそうです。これはアクションとしては操作性は高いし多くのアクションがこなせます。最初は楽しめるのですが、途中から作業チックに感じました。何故かと言うと、難易度が低めなのと、同じステージを繰り返しプレイしないとアイテムコンプ出来ないからです。難易度については後半のステージでさえ、ゴリ押しプレイでもしない限りそうそう死ぬことがありません。各ステージに散らばるキノピオ探しが面倒なことも相まって、完クリするには忍耐力もそこそこ必要そうです。そもそもこれは内容やグラフィックからして女児向けでしょう。あまり難しくするとプレイしてもらえないと考えられたのかもしれません。しかしそれなら、ワリオランドアドバンスメトロイドフュージョンのように難易度設定を設けて、初心者、上級者ともに楽しめる内容になっていれば違ったかもしれないじゃないですかね。

 

まとめると

せっかく金と手間をかけて作った作品が単なる無料アプリで終わったりワゴン行きになるのは避けたいところです。そうならないために飽きさせない要素とやりこみ要素があって致命的なバグがなく(これは当たり前ですが)ゲームバランスが崩壊したり難易度設定がおかしいことのないものがもっと生まれて欲しいです。
自分が年寄りになってもこの考え方は変わらないはずです。